第60回日本プロゴルフ選手権(1992年)
2017.12.04
1992年8月18日付日刊スポーツ
選手会長倉本がプレーオフで中嶋下し10年ぶりV
倉本昌弘が2度目の「日本一」のタイトルを10年ぶりに手にした。群馬・下秋間CC(7145ヤード、パー72)で行われた。第1日は無名のプロが上位につけた。倉本、山本善隆と過去の優勝経験者と並んで首位に立ったのは、無名の若木進一。18番パー5(532ヤード)でツアーでは初めてのイーグルを記録するなど、4アンダー68をマークした。1打差2位に6人が並んだが、その中に無名の宮下稔が名前を連ねた。「出色の出来栄え。うれしくてラウンド中に笑いをこらえるのが大変でした」と、自己ベスト69をマークした喜びぶりを日刊スポーツ紙が伝えている。
第2日は1つスコアを伸ばした倉本と、鈴木弘一が通算5アンダーで首位に並んだ。鈴木は「ミスらしいミスがなかった」といい、倉本は「今日も無理せずボギーをたたかないゴルフをした」と話している。1打差3位に上がって来たのが上原宏一。スポーツニッポン紙によると、前日にパターの裏に張った鉛部分で打ってしまったことが気にかかり、失格を覚悟してコースに来て裁定を仰いだが、おとがめなしで「開き直ってプレーできた」と、68をマークした。一方、失格になったのが尾崎直道。日刊スポーツ紙によると、池に入れて「6」だった18番のスコアをマーカーが「5」と記入してそのまま提出。帰路についていたが、競技委員が電話で確認して過少申告で失格となった。中嶋が2打差5位に浮上し、青木功は精彩を欠いて予選落ちした。
第3日、6アンダー66をマークした稲垣太成が通算7アンダーで首位に立つ。この日も1つスコアを伸ばして1打差6アンダーに倉本昌弘がつけた。倉本は「ダンゴ(混戦)にしたのは自分のせい。明日は抜け出す」と、初日首位ながら抜け出せなかった自分を叱咤した。中嶋は2つ伸ばして通算5アンダーで2打差3位と好位置につけた。勝てば宮本留吉ら5人が記録している日本プロ最多4勝目に並ぶ。「ショットもパットもよくなっている。最終日は69ペースで16番までくれば面白い」と逆転を描いた。
最終日、プロ初優勝を目指した稲垣が、15番でOBをたたいて後退した。中嶋が14、15番でバーディーを奪い、通算6アンダーで倉本に並ぶ。倉本が16番のバーディーで1打リードしたが、中島は18番で追いついて、通算7アンダーでプレーオフに突入した。
18番で行われたプレーオフの1ホール目。右の林に入れた倉本に対して、中島は絶好の位置から2オンを狙って池に入れる。ともにパーで2ホール目へ。第3打で4メートルにつけた中嶋に対し、倉本は2メートルに寄せた。先に中島が外した後、倉本が決めて決着。1982年以来2度目の優勝を飾った。
倉本はシーズン前、選手会長に就任した。中嶋との対決を制し「こんなに前向きになれた試合はない。稲垣さん、中嶋選手と3人で使命を果たせた。重責を背負って勝て、これ以上の幸せはない」と日刊スポーツ紙には、大会を盛り上げられたことを喜ぶ選手会長としての喜びのコメントがあった。
第60回日本プロゴルフ選手権
順位 | 選手名 | Total | Round |
---|---|---|---|
1 | 倉本 昌弘 | 281 | = 68 71 71 71 |
2 | 中嶋 常幸 | 281 | = 70 71 70 70 |
3 T | 稲垣 太成 鈴木 弘一 |
283 | = 71 72 66 74 = 72 67 72 72 |
5 | B・フランクリン | 285 | = 71 72 69 73 |
6 | 佐々木 久行 | 286 | = 73 74 68 71 |
7 T | ブライアン・ジョーンズ 室田 淳 新関 善美 |
287 | = 72 69 72 74 = 78 69 68 72 = 71 72 72 72 |
10 T | 加瀬 秀樹 杉原 輝雄 D・イシイ 山本 善隆 |
288 | = 72 71 75 70 = 74 71 72 71 = 71 71 72 74 = 68 77 71 72 |