1972年10月23日付報知新聞

「夜逃げ」でゴルフ界入りした苦労人、金井が初優勝

　尾崎将司の２連覇へ期待が集まる中、勝ったのは当時珍しかったサラリーマンからの転身プロ、金井清一だった。
　会場は、千葉・紫ＣＣすみれコース（7070ヤード、パー72）。尾崎にとっては、プロ入り後初の月例会にデビューしたコースでもあった。距離のあるパー４が多く、尾崎は「通算８アンダーが優勝ライン」と予想していた。
　初日、首位に立ったのはベテランの松田司郎。６、7番アイアンがさえ、他の選手が苦しむ高麗芝の目の強さにも関西出身だけに「好きな芝」と、５バーディー、ボギーなしの67で回った。尾崎は５バーディー、２ボギーの69。村上隆とともに、首位に２打差の２位でスタートした。日刊スポーツ紙によると「３パットはあったがミスをした感じではない」と、好感触を口にしている。
　２日目は尾崎が首位に立つ。１アンダー71で回り、通算４アンダーとした。グリーンの転がりに悩み、この日からＬ字型に替えてかまぼこ型のパターを使ったと報知新聞は伝えている。同じく首位に並んだのが、金井と草壁政治。金井は「距離が長いので僕には無理」と控えめな発言をしたのに対して、紫ＣＣ所属でホームコースの草壁は「世話になった地元の人に報いたい。そのチャンスが訪れた」と、気持ちを高めていた。初日首位の松田は77をたたいて11位に後退した。
　控えめだった金井が単独首位に立ったのが３日目だった。後半に入ってアイアンショットがさえ、12番５メートル、13番80センチ、14番1メートルをバーディーにした後、15番パー３（185ヤード）では４番アイアンで20センチにつける４連続バーディーとするなど、通算９アンダーで抜け出した。「どうなっているんでしょう」と言った後「アイアンがピンに寄ったこと、パットが入ったこと、すべて偶然です。何度でも言うけど優勝するのは僕ではありません」と、プロ未勝利とあって煙幕を張った。尾崎は通算７アンダーで２打差２位と好位置をキープした。「金井さん１人に的を絞れる。早めに捕まえて」と、逆転優勝を思い描いた。後半失速した草壁は通算３アンダーで３位に後退。優勝争いは２人に絞られた。
　最終日、金井は驚異的な粘りを見せた。アウトを終えて１打差リードしていたが、10番で第２打をバンカーに打ち込み、第３打をギャラリーに打ち込むミスでダブルボギー。尾崎に首位を明け渡したが、そこから会心のプレーを展開する。13番で４メートルを沈め、14番で２・５メートルの連続バーディーで、パーを重ねる尾崎を再逆転。１打リードで迎えた17番パー３では身長より高い、深いバンカーに落とし、ボギー必至の状況から20センチにつけた。これを見た尾崎が手前からのアプローチをミスしてボギー。２打差の通算10アンダーで振り切った。優勝予想スコアの通算８アンダーで負けた尾崎は「金井さんは強い。土壇場であんなすごいバンカーショットができるんだから」と、たたえた。
　金井は初優勝が公式戦タイトルの快挙。「どうなっているんだ。さっぱり分からない」と、ぼう然としていたという。「尾崎さんがもう一つ調子に乗れなかったのがラッキーだったんでしょう」と振り返っている。新潟の定時制高校を中退して上京。秋葉原の電器店に勤めながら、夜間の電機学校に通った。たまたま会社の屋上にあった練習場でゴルフを始め「ゴルフの方が稼げる」と、会社の寮から「夜逃げをして」練習場に入った。65年にプロテストに合格したが、タイトルとは無縁だった。師匠もなく、陳清波のスイングを真似る独学だったという苦労人が、奇跡的なプレーでプロの頂点に立った。

プロフィル

金井清一（かない・せいいち）
1940年７月24日生まれ、新潟県出身。新潟・牧村商を中退して上京し、秋葉原の電器店に就職し、夜間の電機学校に通っているときにゴルフと出合う。24歳のときに都内の練習場に入り、25歳の65年にプロテストに合格。72年日本プロで初優勝。日本プロ、関東プロ各２勝などレギュラーツアー通算11勝。85年に賞金ランク４位に入っている。シニアでも活躍し、日本シニアオープン第1回から３連覇、日本プロシニア２勝など17勝を挙げ、賞金王に５回輝いている。

第40回日本プロゴルフ選手権