優勝スピーチで声を詰まらせた岡本綾子（写真提供：’91日本女子プロゴルフ選手権大会プログラム）

世界のアヤコが泣いた、8年ぶりの大会制覇

　1990（平成2）年の日本女子プロ初日、栃木県鹿沼市内のホテルから会場の広陵ＣＣ（6250ヤード、パー72）に愛車を運転して向かっていた岡本綾子は少々冷や汗をかいていた。道を間違え、通常なら20分程度で到着するところが40分もかかってしまったからだ。時間に余裕を持っていたから事なきを得たが、思わぬ出来事に「こんな日はポカが多くなるから、気を引き締めてゴルフをやろう」（スポーツニッポン紙より）と自らの手綱を締めた。
　この試合が岡本にとってこの年の国内初戦。米国とドイツで1勝ずつを挙げて変わらぬ存在感を示していた岡本は優勝候補であり、話題の中心だった。 「ポカが多くなる」との予想通りか、ティーショットが荒れた。フェアウエーをキープできたのはたったの2ホール。それでも、ショットの不調をパッティングでカバーする。長いパーパットやバーディーパットを要所で沈めて1アンダー、71をマーク。首位から3打差の9位発進に「今日はパットに助けられました。朝、道に迷って気を引き締めたのがいい結果に出たのかもしれない」（スポーツニッポン紙より）と笑った。
　断続的な雨に見舞われた2日目は全体的にスコアが伸びなかった。ベストスコアタイの72で回った高村博美が通算3アンダーで首位に立つ。岡本は73とスコアをひとつ落としたが順位を上げてイーブンパーの3位グループにつけた。「半分終わって3打差はいい位置ね」（日刊スポーツ紙より）と納得顔を見せた。
　晴れて気温も上がった3日目、岡本は朝の練習から体の動きにキレが出てきたことを感じていた。「今日はアンダーが出そうだなあ」（日刊スポーツ紙より）の予感は見事に的中する。5バーディー、1ボギーの68。通算4アンダーとして2打差の単独首位に立った。2位は高村博美、3位は5打差で柏戸レイ子と福田由美子がつけた。
　挑戦10年目を迎えた米ツアーではこの時点で16勝を挙げながらメジャーには縁がなかった。国内でも82年の日本女子プロを最後に公式戦優勝からは遠ざかっていた。久しぶりの美酒を味わう絶好のチャンス到来。「プレッシャーはあるけど自分自身に自信を持って、平常心で戦うしかないでしょう」（スポーツニッポン紙より）と会見を締めくくった。
　最終日は1万人を超えるギャラリーが詰めかけた。2位の高村がボギーを叩いた3番で岡本はバーディーを先行させる。高村は4番でもボギー。序盤で差は大きく開いた。終わってみれば5打差の快勝。“世界のアヤコ”がその実力を見せつけた。
　表彰式での優勝スピーチ、岡本は「帰国第1戦のこの大会で“とりあえず”と言ったら生意気になりますが…」（スポーツニッポン紙より）と話したところで言葉が詰まった。涙があふれてきたからだった。ひと呼吸おいて、岡本は涙声で言葉を続けた。「10年間アメリカに行って、この間病気もしました。ゴルフができなくなってしまうとあきらめたこともありました。でも私には運があり、何とかまたゴルフができるようになりました。病気を克服して日本女子プロに優勝できました。本当にこんなにうれしいことはありません」（スポーツニッポン紙より）。大勢のギャラリーから万雷の拍手が沸き起こった。
　85年には再起が危ぶまれるほどの腰痛に見舞われた。前年からは左ひじの痛みとも闘っていた。苦しみながらも歩き続けてきた道は間違っていなかった。そんな思いがあふれ出たスピーチだった。

プロフィル

岡本綾子（おかもと・あやこ）1951～
広島県出身。実業団ソフトボール部のエースとして国体を制した後にプロゴルファーを目指し、1974年のプロテストで合格した。81年に8勝を挙げて賞金女王に輝く。その後、米女子ツアーに本格参戦し、87年には米国人以外では初めてとなる賞金女王に輝いた。国内44勝、米17勝、欧州1勝の計62勝。05年に世界ゴルフ殿堂、14年に日本プロゴルフ殿堂入りしている。

第23回日本女子プロゴルフ選手権成績