第21回日本女子プロゴルフ選手権(1988年)
2018.06.18
優勝トロフィーを掲げる大迫たつ子(写真提供:スポーツニッポン新聞社)
混戦を制し、大迫が「通算50勝」のメモリアルV
1988(昭和63)年は女子ツアーにとってひとつの節目となったシーズンである。それぞれのトーナメントが独自に設定していた出場者数や賞金額などに協会側が明確な基準を設ける、いわゆる「ツアー制度」が施行されたのである。賞金シードも整備され、賞金ランキング40位(現在は50位)以内の選手に翌年の出場権が与えられるようになった。ツアー元年の日本女子プロは兵庫県のABCGC(6305ヤード、パー72)で開催された。9月8日、120人の女子プロが参戦して熱戦がスタートした。予選ラウンドの36ホールを終えて単独首位に立ったのは女子プロ1期生、43歳の岡田美智子だった。初日70、2日目69の通算5アンダー、139で2位の黄玥珡に1打差をつけた。
岡田は3日目も13番までに4バーディー、1ボギーと好調なゴルフを続けた。だが、終盤は14、17番でボギー。この日はスコアを1つ伸ばすにとどまった。それでも通算6アンダーで単独首位は変わらず。2位に浮上してきた大迫たつ子との差は2打となっていた。
日本女子プロには第1回大会から連続出場を続けている岡田。1970年の2位を筆頭に10位以内には10度も入っているが、優勝には届いていなかった。それだけに「絶対に欲しいタイトル」(報知新聞より)と意欲的な言葉を口にした。5年ぶり3度目の優勝を目指す大迫は「追いかける方が楽」(報知新聞より)と静かに逆転を見据えた。
最終日は首位が目まぐるしく入れ替わる混戦となった。岡田が4番でダブルボギーを叩き、4アンダーに後退する。1番でボギーが先行していた大迫は5、6番で連続バーディー。5アンダーとして岡田を抜き去った。すると、今度は3位につけていた中島恵利華が8番から3連続バーディーの猛攻を見せ、一気に6アンダーにまでスコアを伸ばして単独首位に躍り出た。岡田も負けじと10、13番でバーディー。大迫も13番をバーディーとし、この時点で3人が首位に並んだ。14番、中島がこの日初めてのボギーを叩く。このホールで大迫は10mのバーディーパットを沈めて一歩前に出た。中島は15番ですぐにバーディーを取り返す。岡田は16番でボギー。大迫に2打差をつけられた。17、18番は3人ともにパー。18番で決めれば優勝の80㎝のパーパットを前にした大迫は「心臓の音が聞こえるほどでした」(日刊スポーツ紙より)というほどの緊張感の中、これを沈めて大きく肩で息をした。
大迫にとってこれがツアー通算44勝目。賞金ランキング対象外競技も含めれば通算50勝の節目でもあった。5月に賞金ランキング対象外の旭国際レディースで49勝目を挙げてから事あるごとに記者から50勝のことを質問され、知らず知らずのうちに重圧がのしかかっていた。それに加えて股関節の痛みもあり、成績が低迷。「もう勝てないかも」(日刊スポーツ紙より)という不安が頭をもたげていた。それでも、大舞台でのしびれるような優勝争いが勝負師としての本能を覚醒させ、50勝のことは頭の中から消えていた。ホールアウト後に記者から50勝のこと聞かれた大迫は「あっ、そうですね、50勝もあったんですね」(報知新聞より)と解き放たれたような笑顔を見せた。
プロフィル
大迫たつ子(おおさこ・たつこ)1952~宮崎県出身。中学卒業後にキャディーとして宝塚GC(兵庫県)に入社。仕事をこなしながらプロを目指し1971年にプロテストに合格した。ツアー通算45勝を挙げ、77、80、87年には賞金女王に輝く。公式戦8勝(日本女子プロ4勝、日本女子オープン2勝、LPGAレディーボーデンカップ2勝)は歴代2位。2015年に日本プロゴルフ殿堂入り。
第21回日本女子プロゴルフ選手権成績
順位 | 選手名 | Total | Round |
---|---|---|---|
1 | 大迫 たつ子 | 281 | = 73 68 71 69 |
2 | 中島 恵利華 | 282 | = 71 72 70 69 |
3 | 岡田 美智子 | 283 | = 70 69 71 73 |
4 T | 浜田 光子 黄 玥珡 |
286 | = 70 71 74 71 = 71 69 73 73 |
6 T | 吉川 なよ子 鈴木 美重子 鄭 美琦 |
287 | = 77 71 71 68 = 70 76 69 72 = 74 69 72 72 |
9 | 黄 璧洵 | 288 | = 73 73 74 68 |
10 T | 森口 祐子 小田 美岐 小林 浩美 |
289 | = 71 74 74 70 = 69 73 73 74 = 69 73 73 74 |