第16回日本プロゴルフマッチプレー選手権(1990年)
2021.05.24
1990年5月14日付報知新聞
史上初の兄弟で大会連覇、尾崎直道が初優勝
前年優勝の尾崎将司、マッチプレー4度優勝の青木功が欠場して行われた大会は、波乱の幕開けとなった。福島・グリーンアカデミーCC(7038ヤード、パー72)で開催。第1日の1回戦(18ホール)。マッチプレー2勝の高橋勝成と対戦した尾崎直道は10番で3メートルのバーディーを奪って2アップとリードし、そのまま逃げ切った。サンケイスポーツ紙によると、尾崎直は「バーディー合戦になるはずが、バーディー3つで勝ってしまった」と笑った。
2年前の覇者でAO不在の中で優勝候補の一角に挙がっていたデビッド・イシイと対戦したのは、3年ぶりに出場の倉本昌弘。スローなイシイとスピーディな倉本、プレーのリズムが対照的な対戦になったが、倉本はイシイのスローペースに巻き込まれず2アップで勝利した。「今年はプレーをおろそかにしないために1打1打慎重に打っているからプレーは遅い方。デビッドのスロープレーは気にならなかった」と、報知新聞紙は倉本のコメントを伝えている。
2回優勝の中嶋常幸(当時登録名中島)は上野忠美を4-3の大差で下したが、優勝1回の中村通が初出場の須藤聡明に敗れるなど、歴代覇者やマッチプレー巧者が早々に姿を消す展開になった。
第2日は2回戦と準々決勝(各18ホール)が行われた。1回戦で中村を破った初出場の須藤がこの日も大物を食った。2回戦で尾崎健夫と対戦。須藤1アップで迎えた最終18番で尾崎健がバーディーを奪ってイーブンとなり、エキストラにもつれこんだ。2ホール目(通算20ホール目)でグリーン手前バンカーに落としてボギーとした尾崎健に対して、須藤はパーをセーブして振り切り、準々決勝に進んだ。対戦相手は倉本。アウトを取ったり取られたりでイーブンで折り返した10番、右のバンカーに入れた倉本、須藤は4メートルに乗せていた。しかし、ピンまで10メートルはあるバンカーショットを倉本が直接放り込む。「まさか入るとは思わなかった」という須藤がバーディーパットを外し、倉本の1アップに。「あれは須藤さんにとってダメージは大きかったはず」(倉本)「あれで倉本さんは乗ったみたい。後は手が出ませんでした」(須藤)と明暗を分ける1打となって倉本が4-3で勝ち、初めて準決勝に進んだ。
尾崎直は2回戦で横山明仁に5-4で大勝し、準々決勝では木村政信と対戦。17番の木村のボギーで1アップとし、勝ち上がった。報知新聞紙によると、勝利にも浮かない表情をしていたという。苦手のマッチプレーで「1回戦か2回戦で負けるだろう」と、この大会後に米国遠征を行うため、この日の夜の飛行機を予約していた。これで最終日までプレーすることになって「困ったもんだ。疲労を残したまま行くのはつらい」としながらも「こうなったら少しでも稼ぐ」と話していた。
中嶋が2回戦で山本善隆に敗退。準決勝の組み合わせは倉本―尾崎直、山本―ブライアン・ジョーンズ(オーストラリア)となった。
第3日の準決勝(36ホール)は意外な展開になった。尾崎直―倉本は、尾崎直がスタートから飛ばした。1番で6メートルを入れ、2番パー5ではグリーンカラーに第2打を運んでバーディー、3番では10ヤードほどのアプローチをチップインと、3連続アップ。これに倉本はあおられたのか、いつもは犯さないミスを連発するなど、午前を尾崎直が5アップで折り返した。午後も倉本の反撃はならず、28ホール目の尾崎直のバーディーで決着。大会記録の9-8の大差で尾崎直が決勝に進んだ。倉本は「グリーン上とグリーン周りの差がそのままスコアに出てしまった。こんな大差がつくはずではなかったのに」とがっくり。尾崎直は「倉本さんが考えられないようなミスを何度もするんで、どうしたのかなあとびっくりさせられた」と振り返った。
山本―ジョーンズも思わぬ大差がついた。前半は山本が2アップで折り返した。午後になって流れが一転。ショットが乱れてきた山本に対して、ジョーンズは22ホール目で追いついた後、23ホール目で逆転。27、28ホール目の連続バーディーで突き放し、4-3で初めての決勝進出を決めた。ジョーンズは「尾崎は攻撃的なゴルファー。ゴルフのやり方も知っている。いいゲームになると思うよ」と決勝に向けて話した。
最終日の決勝(36ホール)。午前の18ホールは静かな展開で、4ホールずつを取り合ってイーブンで折り返した。午後、19ホール目にジョーンズがボギーをたたいて尾崎直がリード。20ホール目、パー5で尾崎直は残り230ヤードの第2打をグリーンに乗せるバーディーで2アップとリードを広げた。22ホール目にボギーにして1アップとなったが、23ホール目から怒涛の展開。ジョーンズのミスに乗じて、4連続アップで5アップと安全圏に入った。29ホール目にジョーンズのボギーで6アップとダメ押しし、6-5で初優勝を飾った。
前年の尾崎将に続く大会初の「兄弟連覇」を達成。自身、88年日本シリーズに続く日本タイトル2冠目になった。報知新聞紙によると、ポイントに挙げたのは20ホール目。「逆風での2オンだからほめられるでしょう。やったという感じ。あれで気分が一気に乗った」と振り返っている。
大会後の米国遠征への出発は遅れたが、うれしい公式戦Vに「ジャンボのような大きな目標は持っていないけど、僕なりにゴルフに執着してやってきたのが、こういううれしい結果につながったように思う。今年から米ツアーに取り組むことにしたのもその1つ。いい刺激になる」と話している。
(文責・赤坂厚)
プロフィル
尾崎直道(おざき・なおみち)1956年5月18日生まれ徳島県出身。兄2人を追って尾崎将の元で13歳からゴルフを始める。千葉日大一高を卒業後、1977年にプロテストに合格。1984年静岡オープンでツアー初優勝を飾る。1991年に4勝を挙げて初の賞金王。1997年ヨネックスオープン広島でツアー通算25勝目を挙げて永久シード選手となる。ツアー通算32勝。賞金王2回(91、99年)。日本オープン(99、2000年)、日本プロ(99年)、日本シリーズ(88、89、91年)、日本プロマッチプレー(90年)と日本タイトル4冠を達成している。シニア入り後は米チャンピオンズツアーにも挑戦。日本では2012年に2勝を挙げてシニア賞金王、14年日本プロシニアを制している。