第69回日本オープンゴルフ選手権(2004年)
2024.11.11
優勝カップを掲げる谷口徹(JGAホームページより転載)
病気を乗り越え、谷口徹が日本オープン初制覇
日本オープン史上初の北陸開催。会場は石川県の片山津ゴルフ倶楽部白山コース(7104ヤード、パー72)である。大会初日は午後に雷雲の接近で競技が中断となり、そのままサスペンデッドに。半数の68選手がホールアウトできなかった。18ホールを終えた午前スタート組では4アンダー、68で回った谷口徹が首位だった。
翌日、第1ラウンドを完了した時点で谷口の首位は変わらず。その後、第2ラウンドに入ったが、今度は日没でサスペンデッドとなり65人がホールアウトできなかった。この時点で12ホールを終えていた谷口が通算8アンダーまでスコアを伸ばして暫定首位に立っていた。
風が強まった3日目、谷口は第2ラウンドの残り6ホールを1バーディー、1ボギーでまとめて通算8アンダーをキープ。2位のディネッシュ・チャンドと増田伸洋に4打差をつけて第3ラウンドに入った。
第3ラウンドでも谷口は12番まで2バーディー、1ボギーで回り、通算9アンダーとして後続との差を広げていた。だが、13番から3連続ボギーとリズムを崩し、18番もボギー。首位は守ったが通算5アンダーで、2位のデービッド・スメイルとは2打差にまで縮まっていた。
日本海側から前日よりも強い風が吹きつけた最終日は我慢比べの展開となる。首位の谷口は4番でダブルボギーが先行。7番で初バーディーを奪うが8番でまたもダブルボギー。この時点でスメイルと伊澤利光に並ばれた。
だが、谷口はここから踏ん張った。9番から3連続バーディー。再び、抜け出した。
追う伊沢は11番の1打目が木の枝にひっかかってダブルボギー。スメイルも12番でダブルボギーを叩く。独走態勢に入りかけた谷口も、14番でこの日3つ目のダブルボギー。15番もボギーとして予断を許さない展開となった。
それでも16番でバーディーを奪い、18番を迎えた時点で同じ最終組を回るスメイルに2打差をつけていた。
難関の18番パー4、カラーから一縷の望みをかけて挑んだスメイルの3打目がカップをオーバー。ここから3パットでダブルボギーとなってしまった。
谷口はグリーンを外したが4メートルのパーパットをねじ込んで勝負を決めた。終わってみればスメイルら2位グループとは4打差。しかし、道のりはその数字よりもはるかに苦しいものだった。
2年前の2002(平成14)年11月、賞金ランキング1位を走っていた谷口は顔面麻痺や体の痺れに襲われた。初めての賞金王は手にしたがシーズン終盤は欠場せざるを得ない状態だった。診断の結果は「頭部血管腫」。翌年、復帰はしたが本来のプレーはできず賞金ランキングは34位に終わっていた。2004(平成16)年も勝てないまま日本オープンを迎えており、この勝利は実に735日ぶりのものだった。
病気を乗り越えてつかんだ初の日本オープンタイトル。谷口の両目からはさまざまな感情を内包した涙があふれていた。
(文責・宮井善一)
プロフィル
谷口徹(たにぐち・とおる)1968(昭和43)年2月10日生まれ、奈良県出身。同志社大学を経て1992年にプロ入り。1998年三菱ギャランでの初優勝を皮切りに日本オープン2勝、日本プロ3勝など通算20勝。2002、07年には賞金王に輝いている。
第69回日本オープンゴルフ選手権
順位 | 選手名 | Total | Round |
---|---|---|---|
1 | 谷口 徹 | 285 | = 68 68 75 74 |
2T | 伊沢 利光 David Smail 葉 偉志 |
289 | = 71 70 73 75 = 73 71 69 76 = 70 77 70 72 |
5 | Dinesh Chand | 290 | = 69 71 77 73 |
6 | 深堀 圭一郎 | 291 | = 74 69 73 75 |
7 | 片山 晋呉 | 292 | = 73 72 73 74 |
8T | Steven Conran 増田 伸洋 |
294 | = 72 72 73 77 = 74 66 74 80 |
10 | 加瀬 秀樹 | 295 | = 71 74 74 76 |