陳 清水
1910(明治43)年1月25日~
1994(平成6)年1月8日
- 台湾プロゴルファーの草分け
台湾出身。台湾のプロゴルファーの草分け。淡水GCでキャディーを経てプロとなる。1927(昭和2)年、野村駿吉(後の日本ゴルフ協会副会長)らに才能を認められて程ヶ谷CC(神奈川県)で修業するため来日。浅見緑蔵の下で7カ月ほど学んだ。その後再来日して日本に定住。トッププロへと成長する。
1935年には安田幸吉、宮本留吉らとともに米国遠征メンバーに選ばれ、全米オープンにも出場した。同年末には戸田藤一郎と再渡米し、翌年にかけて各地でトーナメントに参戦。1936年4月には戸田とともにマスターズにアジアの選手として初めての出場を果たし、20位に入っている。
1937年に日本オープン優勝、日本プロは2度(1942、53年)制覇するなどの実績を残したほか、陳清波ら来日した台湾出身の後進の育成にも尽力した。
1973年、日本に帰化。
主な戦績
- 日本プロ2勝
- 1942、53年
- 日本オープン1勝
- 1937年
- 関東プロ3勝
- 1934、35、56年