第18回日本女子プロゴルフ選手権(1985年)
2017.02.20
絶対的女王・涂阿玉が史上3人目の3冠を達成
近年の女子プロゴルフ界はイボミやアンソンジュ、申ジエらの韓国勢が賞金ランキング上位を占め、一大勢力となっている。1980年代、今の韓国勢に匹敵するほど日本人選手にとって脅威となっていた存在があった。涂阿玉を中心とした台湾勢だ。涂は1981(昭和56)年に日本女子プロゴルフ協会準会員となると、翌82年から圧倒的な存在感を示して賞金女王の座に君臨していた。この年、1985年も9月の日本女子プロを迎えた時点ですでに6勝。4年連続賞金女王に向かって突き進んでいた。栃木県の烏山城CC(5755m、パー72)を舞台に行われた日本女子プロは初日からその涂が4アンダー、68で首位に立った。涂と同じく68で回ったのは36歳の岩田ひな。13番からの5連続バーディーは圧巻だった。5連続バーディーは当時のツアータイ記録だと報道されている。
ピンが難しい位置に切られた2日目はスコアを崩す選手が続出した。涂も例外ではなく、2オーバーの74で通算2アンダーとなった。それでも上位陣はそろって後退し、単独首位に立っていた。1打差2位には同じ台湾の陳麗英。通算イーブンパーの3位には若浦みどりがつけた。
全体的にスコアが崩れたことで思わぬハプニングが起こった。早い組でプレーした選手のうち何人かがホールアウトした時点で予選落ちだと思い込んで帰宅の途についていたのだ。しかし、予選カットラインはどんどん下がって8オーバーに。中には神奈川県の自宅まで帰っていた選手もいたほどだったが、知らせを受けて慌てて栃木まで引き返した。
3日目も全体的にスコアが伸び悩んだ。涂も首位は守ったものの12番でダブルボギーを叩くなどパープレーの72にとどまり、通算2アンダーのまま最終日を迎えることになった。涂に並んだのがツアー未勝利、27歳の若浦みどりだった。涂と同組で回って2アンダーの70をマーク。初優勝をビッグタイトルで飾るチャンスを迎えた。1打差の3位には陳麗英、通算1オーバーの4位グループには具玉姫、高村博美、井上裕子がつけた。
雨の最終日、前日まで4打差の7位につけていた森口祐子が第3ラウンド17番でラテラル・ウォーターハザードの処置を誤ったと自己申告してスタート前に失格。逆転圏内にいたこの年の日本女子オープン覇者が思わぬ形で姿を消す波乱の幕開けとなった。そんな中、涂阿玉が1番パー5でグリーン外からパターで約10mを沈めてバーディー。強烈な先制攻撃を放った。5番でもバーディーを奪い通算4アンダー。以降はスコアを守り、陳に3打差をつけて初の日本女子プロタイトルを獲得した。
すでに他の2つの公式戦(日本女子オープンとLPGAレディーボーデンカップ)を制していた涂はこれで大迫たつ子、森口祐子に続く史上3人目の3冠達成者となった。「いろんなトーナメントで優勝してきたけど、この大会はぜひ勝ちたかった。本当にうれしい」(報知新聞より)と喜びを語った涂。日本女子プロでは1981、83年と2度プレーオフで敗れた苦い経験があっただけに、3度目の正直でつかんだ栄冠に笑顔が絶えなかった。
プロフィル
涂阿玉(と・あぎょく)1954~台湾出身。1974年の東海クラシックで日本初優勝。81年に日本女子プロゴルフ協会に準会員として入会して以降、歴代2位となる7度の賞金女王を獲得した。90年代は故障で低迷したが2002年の再春館レディースで9年ぶりの優勝を飾り、日本国内の優勝数が樋口久子と並ぶ歴代最多の69勝(入会前も含む)となった。2016年度日本プロゴルフ殿堂入り。
第18回日本女子プロゴルフ選手権成績
順位 | 選手名 | Total | Round |
---|---|---|---|
1 | 涂 阿玉 | 284 | = 68 74 72 70 |
2 | 陳 麗英 | 287 | = 70 73 72 72 |
3 T | 若浦 みどり 具 玉姫 |
288 | = 72 72 70 74 = 74 71 72 71 |
5 | 日蔭 温子 | 289 | = 75 74 71 69 |
6 T | 樋口 久子 横山 美智子 呉 明月 |
292 | = 77 70 71 74 = 72 76 75 69 = 71 77 73 71 |
9 T | 岡田 美智子 松田 惠子 高村 博美 沢田 さと子 谷 福美 |
293 | = 78 74 72 69 = 72 74 74 73 = 77 72 68 76 = 74 77 75 67 = 73 73 78 69 |